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広島高等裁判所 昭和28年(ネ)158号 判決 1954年4月08日

控訴人(被告) 山口労働者災害補償保険審査会

被控訴人(原告) 古市実慶

(原審) 山口地方昭和二八年(行)第一四号(例集第四巻第四号(33)参照)

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

理由

被控訴人が昭和二十二年七月二十九日から宇部市厚南区東須恵伊藤勝正経営の中原炭鉱に雇われていた労働者であつて、昭和二十三年九月二十四日同炭鉱内で仕操作業に従事中足をすべらせて抗木を抱えたまま転倒し、胸部に打撲症を受けて業務上負傷したこと、被控訴人が昭和二十五年五月二十八日宇部労働基準監督署長に対し昭和二十四年九月一日から昭和二十五年五月二十六日までの休業補償費の給付を請求したところ、同署長がこれを拒絶する決定をしたので、被控訴人が右決定に対し各適法に保険審査官及び控訴人に審査の請求をしたこと、並びに控訴人が昭和二十六年一月二十六日被控訴人(請求人)の申立にかかる諸症状は業務上の疾病でないとの理由で「請求人の申立は認めない」との決定をしたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第四号証の一、二、甲第五、第六号証、乙第四、第九、第十号証、原審証人松本允正の証言により成立を認め得る甲第二号証、原審証人矢野富士隆の証言により成立を認め得る乙第一号証、その体裁に照して当裁判所が真正に成立したものと認める乙第二、第六、第七、第八号証、原審証人松本允正、矢野富士隆の各証言並びに原審における被控訴人本人訊問及び鑑定人中村敬三の鑑定の各結果を綜合すれば、被控訴人は前示の通り昭和二十三年九月二十四日抗木を抱えたまま転倒した際、軽い脳震盪を起し、また、前示胸部打撲症を受けた外第二肋骨骨折を起したこと、その後被控訴人は医療を受けた結果同年十一月二十八日治癒の決定があつたので、その頃から翌昭和二十四年九月中まで前示炭鉱において軽い労務に服していたものであつて、前示傷害は治癒したこと、右肋骨骨折も昭和二十五年四月頃にはレントゲン写真によつてもその痕跡の認められない程度になつていたこと、しかるに前示負傷後七ケ月余を経過した昭和二十四年五月頃から被控訴人は次第にその身体に異状を来し、同年九月頃からは、手指の震え、前胸部痛、呼吸困難、頭痛、不眠等の異状症状が顕著となり、とうてい前記中原炭鉱において労働に従事することができなくなつたので、休業して再び医師の治療を受け療養するようになつたこと、そして右の如き異状症状は、前示負傷のために被つた精神的打撃及び右負傷に関する精神的煩労が原因となつて生じた機能性の精神神経症すなわちいわゆる外傷性神経症によるものであつて、前記負傷と右神経症との間には相当因果関係のあることを認めることができる。

ところで、控訴人は、元来被控訴人には気管支炎、狭心症等の業務上災害によらない疾病があり、右神経症はこれ等の疾病に起因するものであつて、前示胸部打撲症とは因果関係がない旨主張するので、この点について判断する。

前示乙第一、第四号証、原審証人亀井四郎の証言により成立を認め得る乙第三号証、原審証人矢野富士隆の証言により成立を認め得る乙第五号証、公文書であるから真正に成立したものと推定される乙第十一号証の一、二、三、原審証人矢野富士隆、松本允正、亀井四郎の各証言並びに原審における被控訴人本人訊問及び鑑定人中村敬三の鑑定の各結果を綜合すれば、被控訴人は前記負傷以前に気管支炎にかかり胸部痛を訴えたことのあること、前記負傷の治療中にも気管支炎を併発してその治療を受けたこと、前記負傷の治癒後にも気管支炎の治療を受け、昭和二十四年九月四日から昭和二十五年五月三十一日までの間急性気管支炎及び肋間神経痛の傷病名下に健康保険法による傷病手当金の給付を受けたこと、しかし右肋間神経痛は前示神経症を指称するものであり、気管支炎と前示神経症との間には因果関係のないこと、並びに医師矢野富士隆は昭和二十四年九月二日頃被控訴人を診察した際、その自訴に基き一応肋間神経痛及び狭心症の病名を附したが、その後の診断により、被控訴人の症状は外傷性神経症によるもので狭心症ではないと認めるに至つたものであつて、被控訴人は狭心症に罹つていたものではないことを認定できる。従つて控訴人の主張は採用できない。

そこで、前示外傷性神経症が労働者災害補償保険法第十二条第二項、労働基準法第七十五条第二項、同法施行規則第三十五条第一号所定の「負傷に基因する疾病」に当るかどうかについて判断する。

前示外傷性神経症と前示負傷との間に相当因果関係のあることは前に認定した通りである。しかしながら、前記甲第五号証原審証人矢野富士隆、松本允正の各証言並びに原審鑑定人中村敬三の鑑定の結果を綜合すれば、被控訴人の前記外傷性神経症は昭和二十四年夏頃の発病以来種々の療法が試みられたのにかかわらず一進一退して、昭和二十七年十一月頃の原審鑑定当時においても前記の如き症状が持続し、被控訴人は通常の労働に堪えられない状態に在つたものであるが、右神経症は前示負傷による精神的打撃等に基因するものであつて何等器質的病変は認められず、被控訴人において前示負傷に心理的に拘泥している限り、右神経症は一般の薬物的理学的療法等の医学的治療によつては全然治癒する見込みのないものであることを認めることができる。従つて右神経症は労働基準法施行規則第三十五条第一号にいわゆる「負傷に起因する疾病」というよりも、むしろ前示負傷のなおつた後に残存する神経機能の障害であると認めるのを相当とする。そして、以上に認定した諸事実に基いて判断すると、右神経症は労働者災害補償保険法施行規則第六条第一項別表第一の内第八級の三所定の「神経系統の機能に著しい障害を残し軽易な労務の外服することができないもの」に該当する程度のものと解せられる。

然らば、被控訴人の前記外傷性神経症は障害補償費の保険給付の対象となつても、休業補償費の保険給付の対象となるものではないから、被控訴人の休業補償費の給付の請求を認容しなかつた控訴人の前記決定は、その理由はともかく、結論において正当であつて、右決定の取消を求める被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これと異なる原判決はこれを取消すべきものである。

よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 植山日二 佐伯欽治 松本冬樹)

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